電子イルカ

 三旗町では決済に電子イルカを用います。使うときにキュッキュと音がなり、電子イルカで決済をしたことが周りの人たちにもわかります。電子イルカを使うと、背中に残量が表示されます。電子イルカが他の決済手段とちがって面白いところは、現金でチャージできないところです。電子イルカを手に入れるためには、自分も何か他の人が欲しいと思うようなものを売って他の人の電子イルカを手に入れなければなりません。私はクラスメイトのこども家庭教師になって勉強を教えることで電子イルカをもらっています。電子イルカが三旗町に導入されたのは2年ほど前のことでした。それは海に乗ってやってきました。その新種の生物は、自分たちを通貨として使う代わりに、複製、つまり自分たちの種族を増やすかどうか、の裁量を人間の銀行に委ねたのです。三旗町の中央銀行は、といっても三旗町には銀行はひとつしかありませんが、その中央銀行は電子イルカの個体数を決定する権限を持っています。電子イルカの生殖細胞はある特殊な遺伝子の構造を持っていて、相補的なRNAが一種の回路のように働くことで、格子暗号と同じように振る舞うので、その鍵を知っている人しか生殖を行えないのです。電子イルカは自分たちの種族の生殖を人間に委ねる代わりに、社会基盤に深くくい込むことによって、自分たちを環境破壊やその他人間のもたらすありとあらゆる災禍から逃れることに成功したのでした。ある日、日本政府から役人がたくさんやってきて、先進的な地域通貨の試みとして三旗町が表彰されました。それを好機とみた電子イルカたちは、自分たちが日本円に代わる新しい通貨になるポテンシャルがあることを示すために、大々的なキャンペーンを行いました。

「イルカペイは日本円より偽造が難しく、特定の組織の金融政策に左右されず、民主的で、公平な通貨です」

 その新聞広告によって、三旗町には電子イルカを求める人で溢れかえりました、電子イルカは現金でチャージできないからです。電子イルカの価格は高騰しました。しかし電子イルカの数を増やすことができるのは三旗町の中央銀行だけです。日本政府は混乱を収束させるために、三旗町の中央銀行と交渉し、電子イルカの数を増やしていくことにしました。電子イルカの数が増えたので、電子イルカの餌もたくさん作らなくてはいけなくなりました。そのために、人間たちは少しおなかが空くのを我慢しなければなりませんでした。やがて電子イルカは人間よりも数が多くなりました。そうなってくると、人間の方が電子イルカより数が少なくて貴重なので、電子イルカたちは人間を通貨として使うようになってきました。電子イルカたちは子供をうみそうなカップルに集まって自らが家計の財源となることで出生率を調整しました。慌てて電子イルカの数を減らそうとする中央銀行には、金融危機をちらつかせて、財政出動を促しました。今や市中に溢れた電子イルカの群れは、リスクの高い投機に向かおうとしていました。「電子イルカはあんしん、あんぜん、偽造は不可能です」の宣伝文句が、取引を加速させました。電子イルカは電荷を持っているので、大量に動くと電流が流れ、電波が発生します。あちこちの証券取引所から出てきた電波がわんわん、わんわんと辺りに響いて、電子機器が壊れ始めました。次に壊れたのは金属でできたあらゆる機械でした。そして自動車も、電車も、何もかもが動かなくなり、空にはただ電子イルカが楽しそうに泳いでいるだけになりました。めでたし、めでたし。

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