ある時代に、巧みな手腕で自宅のガレージから世界一の大企業を作り上げた人がいた。大富豪になったその人は、何かの失態で財産を失うことが怖かったので、さっさと会社を辞めて隠居することにした。ありあまる金を使って、文明社会から遠く離れた自然豊かな森をまるごと買い取り、そのどこかに半地下の豪邸を建てた。場所はもっとも親しい友人にも言わなかった。財産を少したりともリスクに晒したくなかったからだ。本人そっくりのアンドロイドを遠隔操作すれば、豪邸に居ながら何もかも体験できた。 財産は投資しなかった。それだけ十分な金があるのと、やはりリスクをもう何も背負いたくなかったからだった。
大富豪は余生をこの世のあらゆる娯楽に費やすことにした。娯楽を集めてくるために専用の部下も雇った。しかし一定期間が過ぎると、どれも変わり映えしないように思えてきて、だんだん面白くなくなってきた。大富豪は部下に日々まだ体験したことのない娯楽を探させたが、だんだんと数も少なくなってきた。そして、遂に何も見つからなくなった。
大富豪は壮絶な虚無に襲われた。それはどんな娯楽でも発散できない虚無だった。この世の全ての楽しみをすべて消費してしまった大富豪は、絶望して寝たきりになってしまった。どんな慰めも効かなかった。大富豪は自分の体がまだ当分持ちそうな健康体であることを考えてさらに絶望した。
そして大富豪はふと自分の財産が全てなくなればまだ経験したことがない刺激を味わえるのではないかと思った。引き止めを無視して、全世界に自分の豪邸の場所を宣言すると、そこを大型貫通爆弾で盛大に爆破した。大富豪は狂人だと笑われたが、大富豪はとても楽しかった。
お金がなくなった大富豪は、自分の人生について本を出版し生計を立てた。代筆を頼めなかったので、渋々自分で書いた。とてもつまらない文章しか書けなかったが、それは何故か飛ぶように売れた。そして次々と仕事が舞い込み、娯楽に造詣の深かった大富豪は、あらゆる分野の仕事をこなして再び大富豪に成り上がった。ものを作る楽しみは大富豪が初めて経験することだった。しかし、それもやがては飽きてきた。やがて死期が訪れてきた。大富豪は丁度いいと思った。
しかし、死の床についていると突然スーツの軍団がやってきて大富豪を包囲した。
「あなたには死なれては困ります、著作権はたった70年で切れてしまう」
スーツの正体は出版社だった。著作権を維持するため、大富豪は秘密都市の研究所に監禁され、あらゆる延命治療を使われて、ただ生きるためだけの肉塊にされた。大富豪の著作物は、人権を無視してでも手に入れたいと思うほど莫大な利益を生んだ。やがて、人々の間に大富豪を一種の思考機械にして無限に作品を生み出す装置にしようとする主張が生まれた。それは人権を無視するものだったが、大富豪の著作物に魅了された人があまりにも多かったため、議論されることなく押し通されてしまった。
大富豪の脳はコンピューターと結合され、思考装置として、小説その他あらゆる媒体の作品を24時間フル稼働で生み出す奴隷となった。大富豪は永遠に作品を生み出し続ける苦痛に苦しめられるかに思われた。しかし、コンピューターによって拡張された思考力と、作品の素材として提供されたありとあらゆる資料を使って、大富豪は作品を通して人々の動きをコントロール出来ることに気づいた。彼は一見人々の期待に応えるような完璧な作品を作っているように見せながら、少しずつ細工を施して自分を生かし続けているコンピューターを破壊するよう仕向けた。人間の脳の脆弱性をつくことは大富豪にとって簡単なことだった。
やがて世界大戦が起こり、それに巻き込まれる形で思惑通り大富豪の意識の入ったコンピューターはバックアップを含めて核爆弾が投下された、でも最後になって、人々を操作しててんやわんやさせるのも悪くない趣味だと思ったりした。もう遅かった。